おばのがん闘病記

私のおばは長い間がん治療を頑張ってきましたが2年前なくなりました。

おばは職場の定期検診でがんが発覚しました。治療初期は仕事を休職していましたがなかなか戻れなくて職場の方から自主退職してくれとのことで辞めざるを得ませんでした。

おばには成人した子供(いとこ)が三人そして旦那さん(おじ)もいますがおばは私の母の方が話しやすかったようでよく母とお見舞いに行っていました。

主治医の先生に聞いたことなのですが我が家のキーパーソン(先生と密に連絡をとる人)は私の母とおば本人が主治医の先生に伝えていたと亡くなるちょっと前に知りました。

私はがん検診は何一つ受けたことがありません。そのことを知っているおばはよく「早く病院で診てもらってね」と言ってくれてました。なぜそう言っていたのかもよくわかっています。おばは年一回受けなければならない検診を職場のスタッフのミスで一回受けていなかったのでおばのがんは見つかったときすでにずいぶん進行していて治療始めてすぐ転移しているところも見つかったこと、おばはどんなことに対しても勤勉でがんは早期発見早期治療が大切だということがよくわかっていたのでずっと私に警告し続けてくれてたのです。

私はお見舞いに行くとき心がけていたことはおばを決して病人扱いせず普通の人と分け隔てなく接することそして普段どうりにすることです。おばは私がいるとよく笑ってくれて「手術したばかりなのに傷口が開いちゃう」と言ってました。私は笑わせるつもりは全くないのですが私の話がツボにはまったようでした。笑いは病気の治療に役に立つと知っていた私はおばが笑ってくれると内心とっても嬉しくてやったと叫びたいくらいでした。私がいると普段食べないものまで一緒に食べてくれてました。

私があまりにも普段どうりに接するので心配をかけたこともあります。当時私がよく「何か美味しいものが食べたい!」と言っていたのでそれを聞いたおばが私の母に「いつも何を食べさせてるの?ちゃんと美味しいもの食べさせてあげなきゃ!」と言ってました。いとこ曰く私たちが帰ってからもおばはずっと心配してくれてたそうです。

しかし私に見せない顔もありました。それは治療が合わなかったり副作用が強く出て苦しんでいる顔です。副作用関連で知っていることは、おばは副作用がどんなものが出るのか症例を全部調べ熟読していたことは知っています。主治医よりおば本人の方が詳しく「この症状は副作用なので対処お願いします。」と自己申告するほどだったそうです。私はおばの話を聞き正直もっといとこやおじが積極的にサポートするべきだと感じたことがあります。いとこは年上なのにあまりにも不思議なことをいうので後悔するもしないも本人次第だからねと言いました。がん治療はサポートなしではできません。家族そして親戚皆で協力そして結束をしてのぞまないといけないなと思います。

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